TERMINAL ISLAND MEMORIAL
(USA)
ロサンゼルス港に浮かぶ島に残る謎の鳥居の正体とは?
ロサンゼルス港の一角にターミナルアイランドという島があります。
ここに「日本の鳥居がある」と聞いて初めて足を運んだのは今から3年前のこと。
フリーウェイを降りてしばらく行くと、見えてきました、コンクリート製らしき鳥居が!
なぜ鳥居に興味を持ったのかというと、ロサンゼルスには東本願寺から西本願寺、禅宗寺に高野山といろんな宗派のお寺はあるんですが、神社がない!んです。
もしかしたらターミナルアイランドに昔、日系人の神社があったのかもしれない、と思ったわけです。
ビンゴでした。
この鳥居、ターミナルアイランドといういわば記念碑。
戦前にこの地にあった神社の鳥居をレプリカで再現したものでした。
第二次大戦前、この島には漁業を営む、和歌山県からの日本人移民が3000人も生活していて、「ジャパニーズビレッジ」を形成していました。
しかし、戦争が始まると彼らは強制収容所に送られます。
そして戻ってきた時には彼らのための家や学校、漁業組合、食堂、神社などすべての施設が破壊されていました。
漁師としてのライセンスも剥奪された彼らは対岸のサンペドロや、日系人が多く住むトーランスに移住したそうです。
こうして日系人がいなくなった島ですが、「元のターミナルアイランドの住民」たちは失った故郷を懐かしむために、「ターミナルアイランダークラブ」を結成し、定期的にピクニックなどのイベントを催し、集まっては昔話に花を咲かせました。
そして、1993年、思い出話をするだけでなく、記念碑を作ろうと立ち上がり、鳥居のレプリカと漁師の銅像を完成させたのです。
しかし、今では戦前のターミナルアイランドに実際に住んでいた人はその多くが亡くなってしまい、クラブとしての存続が危ういと言う話も聞かれます。
こうなったらターミナルアイランダーの生き残りに話を聞いておこうと、私はクラブに紹介してもらい、藤内さんという男性に会いました。
藤内さんは「島にはウォリザーと言う小学校があって、先生は白人でしたが子供たちは全員が日本人。皆漁師の子供だから、ターミナル弁という荒々しい日本語を使っていました。クラスメートが全員日本人だから、皆日本語でしゃべる。それで英語ができないという状況に陥っていました」と当時の事を話してくれました。
学校や神社以外に何と柔道や剣道の道場まであったそうです。
日本人の漁師の村の名残の場所、車がないと行けない場所ですが、行く価値あります。